午後から取材で動き回った日曜。
深夜、帰途に見る月の美しさに、ふと、「ああ、グレン・ミラー・サウンドに身を委ねたい」と思った。
すぐに、おそらくは徹夜仕事になるであろう、原稿書きを学生時代からのパートナーであるライティング・デスクに向かってしなければならなかったが、ムーン・ライティングに魅了されてしまった(既に疲れ気味の)頭はCDラックからグレン・ミラー楽団のディスクを探していた。
イラストレーター和田誠さんの描くジャズ・ミュージシャンに、(若かりし頃にジャズ喫茶を経営してもいた)村上春樹さんがエッセイを添えて(世紀が代わる前後に)出来上がった素敵な二冊、『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮社)の中で村上氏は、スイング・ジャズ全盛期の人気バンド・リーダー、グレン・ミラー(1904~44/トロンボーン奏者、作曲家、アレンジャー、ビッグバンド・リーダー)の音楽について、次のように述べている。
「ミラーの音楽はジャズというよりは、『ジャズのイディオムをちりばめたダンス・ミュージック』と呼んだ方が真実に近いだろう。同時代に人気を分け合ったベニー・グッドマンほどの革新性はないし、少なくともレコードで聴くかぎりではその音楽はスイングしない。せいぜい、そよ風に揺れる薄いレースのカーテン並のお上品なスイングである。楽団には数多くの優れたミュージシャンが在籍していたが、迫真的なソロを取らせてもらえたわけでもない。従って今日の一般的なジャズ・ファンがミラー楽団の音楽に真剣に耳を澄ます機会はまずない」
後に、『意味がなければスイングはない』というエッセイ(音楽論)本を発表した村上春樹氏らしいミラー論だが、勿論、グレン・ミラー及びそのサウンドを否定している訳ではない。処女作『風の歌を聴け』を書き上げた時、その映画化の際にはタイトルバックに流れる音楽は(「いつでもない時代の、どこでもない場所みたいに感じられる」)“MOONLIGHT SERENADE”がいいだろうなとふと思ったという村上氏は、同書で「しかしそれでも」と続けている。
「ミラー楽団の残したいくつかの演奏が、独自のスタイルを持った美しい良質な音楽であるという事実を否定することは、誰にもできないはずだ。そしてそれはきっと当時の若い恋人たちにとっては、ものすごく実用的な音楽装置だったのだろう。その演奏がジャズであるかないかなんて、彼らにとってはほとんど問題にもならなかったはずだ。それは若い男女が抱き合って、美しい宵の時を過ごすための音楽だったのだ。スイングしているのは、むしろ、彼らの心だったのだ」
グレン・ミラーが戦時下の慰問の為の移動飛行中に不慮の事故死をしてから5年後に生まれた村上春樹氏にとって、グレン・ミラーのヒット・ソングは「遥か昔の古典というよりは、むしろアクチュアルに『懐かしい』」音楽。「スイングなんかしなくたってべつにいいじゃないか」と結ぶこのグレン・ミラーに関する稿は名文数多の『ポートレイト・イン・ジャズ』の中でも好きな一文だ。
私自身の話をしよう。
グレン・ミラー楽団のテーマ曲としてもお馴染みの、ミラーの代表曲“MOONLIGHT SERENADE”(1939)。
私はこれまでの人生で、この曲で、3人の女性と踊っている(そのBGMに合わせてのおふざけ程度のものではなく、手に手を取り、身を寄せて、の意味でだ)。
齢重ねて、渋さを解する年代になってからという訳ではない。
何れも、まだ若いと呼べる時期。19歳の終わりから20代の終わりにかけての話だ。
一番最初の“MOONLIGHT SERENADE”でのダンスは、大学2年の春から夏にかけて。
大学進学の為に上京した後、最初の年は大学の寮にいたので、一人暮らしをスタートさせた超安普請のアパートが舞台。
お相手は、上京後初めて恋をし、付き合った同い年の女のコ。
純粋さだけが持ち味の、まだ何も持たざる道産子青年にとって、ごく普通の女のコだとばかり思っていたそのお相手には(フィクションの世界でしか有り得ないと思っていた)衝撃的な秘密(現実)が隠されていて、結果としては相当に後味が悪い、苦い思い出となったのだが、その顛末について詳細を語るのは、ロマンティックな名曲“MOONLIGHT SERENADE”に相応しくないので、避ける。
彼女の秘密を何も知らず、二人の関係がまだ美しかった頃の思い出の一片を、後年、『西日の中の“Moonlight Serenade”』というタイトルの一文に認めている。御紹介したい(私の記憶が正しければ、ネット上で初公開かと思う)。
☆
19才の頃、TVの天気予報を見る度にうんざりした。僕が独り暮らしを始めたその町は、夏は蒸し暑く、冬は(北国育ちの僕でさえ)震えるように寒く、一日の全国の最高・最低気温を記録することもしばしばだった。
夏の夕方、家賃八千円の六畳の部屋には台所の窓から強い西日が射す。中古の扇風機が生温かい風をムッとした室内に送り込む。やはり、中古で買った大型の冷蔵庫から氷を取り出し、部屋の隅に追いやったガラステーブル(これだけは何故か新品!)の上のペアのグラスに落としてやる。一瞬だけ、氷とグラスの涼しげなハーモニーが耳に残る。涼しげな名の焼酎を注いでやる。○○。ふざけた名前だ。僕はひどく汗をかいている。
準備OK! 後はシンデレラが来るのを待つだけだ。高校時代から使っているモノラルのカセット・テレコの横に膝を抱えて座る。寄り添っているペアのグラスを見つめる。氷がだんだん溶けていくのが分かる。時々、例の涼しげな音が微かにする。グラスがどんどん汗をかいていく。作り直さなきゃ…。そんなことを考えていると、廊下の階段を上って来る音がする。コツコツコツ…。シンデレラだ! キューは、ドアをノックする音。トントン! ドアを開ける! スイッチを押す! 初めて舞踏会場にやって来た時と同じ笑顔がそこにある。でも、もう震えてはいない。
グレン・ミラーが流れ出す。僕はシンデレラの手を取る。シンデレラは微笑んだままだ。僕達は何も喋らない。時々、声を抑えて笑うシンデレラ。わざと顰めっ面をする僕。西日を背にすると、シンデレラの眼が一瞬光り出す。だんだん西日は弱くなり、舞台裏では優しい夜の演出にとりかかる。一曲踊り終えた頃には、テーブルの上のグラスの氷は全部溶けている。静寂(しじま)をかき消すように彼女がすっとんきょうな声をあげる。「ぬるーい!」
そして、僕と彼女は普通の19才の青年と少女に戻る。
☆
脚色無し、ほぼ実際通り(久々に読み返してみて、我ながら、「家賃八千円」に目がテンになってしまった)。
この稿は、その後、某焼酎販売会社の「若い世代にも顧客を拡げたい」というコンセプトの御眼鏡に適いり、ラジオCMとなった。勿論、アルコール飲料には相応しくない「19才」を筆頭に、この初稿は色々と手直しされたのだけど、プロの声優、効果音、そして、グレン・ミラー楽団の“MOONLIGHT SERENADE”により再現された若かりし頃の記憶は、ラジオから流れる度に、実際の苦さから甘くロマンティックなものへと転化していってくれた。
実を言うと、(自宅にはワインを筆頭に様々なアルコール飲料を置いているが)上京後初めてのこの恋愛以降、焼酎のボトルは自ら購入することはない(勿論、外飲みではキープも含めて愛飲している)。
5月半ば生まれの私が10代の終わりに遭遇し、学友達が廻りで泥酔する中、ひとつのタオルケットに包まって寄り添いながら膝を抱えて朝まで過ごした20歳の誕生日を経て、夏の終わりに別離した女のコとの破局の夜、私は新宿歌舞伎町の路地裏のゴミ箱達と共に横たわっていた。相当に殴られ、血も流し、指は何本か骨折していた。
その姿でこの安普請アパートに辿り着いた若かりし私は、思い出の焼酎を1本半がぶ飲みした。朝方、テーブルに突っ伏した姿で目が覚めた時、骨折した手には果物ナイフが握られ、喉元にあてられていた。
西日しか入らない台所の窓から、何故か、柔らかな光が部屋に満ちていたのを覚えている。
生きていて良かったと思った。
数時間前の夜と違い、嬉し泣きをしていた。
それから、暫く入院。学友達よりも少し遅れての夏休み明けだった。
その記憶が、自宅に焼酎のボトルを置くことを躊躇わせているのかもしれない。
話をグレン・ミラー楽団の“MOONLIGHT SERENADE”に戻そう。
その後、この曲を踊った二人のお相手との思い出も共に記したかったのだが、スペースがとても足りない。
恋愛話ではないのだが、共に美しい女性との記憶だ。一人は、大手CMに出演した後のパーティー会場で遭遇した女のコ(後にブレイクしたタレント)。もう一人は、私も深く関わりを持っていた10歳の愛娘を亡くした女性(TVのCMにも出演していたモデル)。
ソウルメイトと思えた女性に出遭う少し前に“MOONLIGHT SERENADE”のダンスのお相手となった美しい人には、柔らかな夕陽が入り込む彼女の自宅マンションの一室で、「朝まで一緒にいて」と胸元で囁かれた。
素敵な女性だったが、傷心の彼女とそのように結ばれるべきではないと思った。
それに応じていたら、私の人生は今と少し変わっていたのかもしれないな、と時経た今でもふと思うことがある。
私の好きなわたせせいぞうさんが、“MOONLIGHT SERENADE”を題材にした素敵な物語を『ハートカクテル』に描いているので、そのラストシーンのポストカードを膨大なわたせコレクションの中から探してみたが、見つからず(私のことだ、誰かにプレゼントしたに違いない)。
で、今回添えてみたのは、件の『西日の中の“Moonlight Serenade”』の初稿。
20代前半に購入した初めてのワープロ(ハンディ・タイプ)で印字したもの。
20代半ば過ぎから後半であろう。
タイトルと本文の間の行末に記された筆名に注目されたい。
「BY 途夢待人」
インターネットでこのHNを使う遥か以前の時代である。
“Moonlight Serenade”を最後に踊ってから程なくに拵えたペーパー・ムーンを添えて(実は、ライティング・デスクの一番上にいまだに飾っている)。
○追記
アンソニー・マン監督の映画『グレン・ミラー物語』(1954)は、主演ジェームズ・スチュアート&ジューン・アリソン・コンビの名演も相俟って、グレン・ミラー・サウンドが出来上がる過程や名曲各々のエピソードが描かれていて、素晴らしい音楽映画。ルイ・アームストロングやジーン・クルーパ等のミュージシャンが特別出演し、深夜のジャム・セッションを繰り広げたり、楽団の前線での演奏場面でフランセス・ラングフォードやモダネアーズが実際に登場し、愉しい“チャタヌガ・チューチュー”を披露していることも特筆もの。ミラーが軍役中に行方不明となってから10年後に創られた作品だからこそ、こういうパフォーマンス・シーンが可能となった。
ジャズとロマンティシズムは切っても切れないことを証明してくれる、忘れ難き一作でもある。
若い世代にも、この時代のみならず、大人達が魅了されてきた映画、そして、グレン・ミラー・サウンドに心酔してもらえたらと思う。
↧